読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆるい戦国

お堅い戦国をゆるーく見てみるブログ

三成に過ぎたるもの

登場人物

 

羽柴秀吉

戦国ビッグ3。戦国の世を天下統一した人。

身分の高い女を好む。

顔が猿に似ているとよく言われるらしい。

 

石田三成

秀吉政権の奉行を務める。忠義の人。

頭は切れるが憎まれやすい位置にいる不運の人。

ゲームのなかではやっぱりイケメン。

 

島左近

大和国筒井順慶に仕えたのち、三成の家臣となる。

関ヶ原の戦いで戦死する。

戦は鬼のように強い。夢に出てくるほど強い。

 

 

三成に過ぎたるもの

石田三成近江国の石田村の百姓である

佐五右衛門という者の子であった。

 

近くの寺に預けられていたが

ある時、秀吉が寺に寄った際に

明敏な若者だと目にとまり

側に仕えることとなった。

 

その後、

三成はメキメキと碌を増やし

水口4万石を与えられた。

 

ある時の秀吉と三成の会話。

 

秀吉「4万石で家臣どんくらい増やしたよ?」

三成「島左近一人を家臣にしました!キリッ」

秀吉「それは世に名高きものだ。お前では抱えられないだろう」

三成「碌の半分、2万石を与えました!キリッ」

 

秀吉は驚く。(どひゃー)

秀吉「君臣の碌が同じとは今まで聞いたことがないぞ。」

  「ほうほう。そのような気持ちが無ければお前には仕えなかったかもしれんな。」

  「見事に計ったな三成よ。」(感心)

 

その後、

三成が佐和山に加増された時。

三成「左近よ。碌を増やしてやろうと思うのだが」

左近「碌にはまったく不足はありません。他のものを加増させてやってください。」

そう言って島は辞退した。

 

左近さん。マジ忠臣。

三成に過ぎたるものありと言われるだけあるね。

 

生真面目な三成の性格を好いて島左近は仕えたのだろう。

 

碌はそんなに必要ないからこの方の側に仕えたい、

2万石も貰えたからではなく、

自分の身を削ってでも家臣になってほしい。

 

そんな気持ちが左近に伝わったのかも。

左近さんはそう思っていたのだろうな。

 

無欲で忠誠心があり戦ではめっぽう強く、頼りになる。

左近さんみたいな家臣が一人はいるとありがたいよね。

 

馬は安物がいいぞ

登場人物

竹中重治

通称名は半兵衛。美濃国の斎藤家に仕える。

その後、羽柴秀吉に仕えた戦国ナンバーワン軍師。

ゲームでは大抵、細身でスマートなイケメン。

 

重治は言った。

誰に言ったかは知らん。壁に向かって言ったのかも。

 

自分の身の丈に合わない馬は買わない方がいいぞ。

考えてみよ。

 

戦場にその馬で出て良い敵を見つけ追いつめた時や槍を合わせようとしたとき、

馬から躊躇なく飛び降りることができるだろうか。

 

馬ぞえの者が近くに居なかったら、

その馬は誰かのものになってしまうだろう。

この時、「この馬高かったんやー」なんて思ってたら

好機を逸する恐れすらあるのだ。

 

下っ端の武士ならば金十両で馬を買いたいと思ったら、

半値の五両で買えるぐらいの馬にしておくことだ。

 

そうすれば、惜しげもなく乗り降りでき、

捨ておくべき場面では躊躇なく行動に移せるだろう。

そしたら、また金五両で別の馬を買えばよい。

 

この心構えは馬だけにあらず。

 

さすが、半兵衛先生。

余計なところに気を取られ本質を見誤るなと言う教えである。

 

大名や名の知れた有名武将ならば一種のステータスとして

高価な馬に乗ることはアリだけども、

下っ端武士が調子のって高い馬乗ったらいざという時困るぞってことだね。

 

敵を追い詰めた場面では敵の首を取り、

功名を上げ、お味方勝利の貢献するのが武士の勤め。

 

そんな場面で

「ちょ、この馬高かったから馬ぞえの者が来るまで待つか、どうしようか。うーん。」

なんて考えてるアホは出世できないだろう。

 

使うべき場面でお金を使い、

それ以外ではケチる。

 

お金持ちになるための条件でもある。

 

 

 

 

戦国時代っていつからいつまで?

戦国時代って言ってもいつからいつまでなのか?

 

西暦で言うと、

1467年の応仁の乱

1573年の織田信長による室町幕府将軍の足利義昭の追放

 

ざっとこの100年間のことを戦国時代と言う。

 

みんなが良く知っている秀吉や家康がヒャッハーし始める時代は、

実はこの少し後で厳密に言うと戦国時代ではないのだ。

 

秀吉や家康のヒャッハー期は安土桃山時代と言われる。

信長の野望戦国BASARAを遊んで戦国時代に興味を持ったくちの人は

安土桃山期が戦国時代のイメージが強いはず。

 

まあ、人によっては

関ヶ原の戦い(1600年)

家康が嫡男秀忠に将軍職を譲った年(1605年)

大阪の陣で豊臣家が滅亡した年(1615年)

最後の大戦である島原草の乱(1638年)

これらの区切りまでを戦国時代と呼んだりしている。

 

細かいことは気にせず

自分が戦国時代と思った期間を戦国時代と呼んだら良いのではなかろうか。

 

私、個人的には戦国ビッグ3の家康生前最後の大仕事である

大阪の陣までが戦国時代かなーとも思っている。

 

 

戦国時代ってなんぞや

乱世でござるよ

現代から遡ること約500年、

日本のあっちゃこっちゃで土地や人等の資源を奪い合う時代。

 

力こそが全ての弱肉強食の世界で

ゆるい現代人は決して生き抜くことはできない厳しい時代である。

 

学校で習う歴史の教科書での扱いはわずか数ページ。

悲しすぎる・・・

一番面白いところなのに。

 

歴史に疎くても、

nobunaga odaや秀吉、家康はあなたも知ってるはず。

 

この三人が登場するのが戦国時代。

 

ざっくり言うと、

お前のものはオレのもの。

ヤラレル前にヤレ。

 

生き残るためには裏切りでもなんでもするぜっていう

何でもありなカオス状態な世界が戦国の世である。

 

まさに乱世でござる。

 

時代は違えど人は人

 

500年前の戦国、

現代日本。

 

時代は違えど、人は人である。

 

十人十色と言ったもので

 

敵に攻められ爆死するヤツ、

自身を神の化身だと思い込んで敵陣に突撃するヤツ、

鮭と妹が大好きなヤツ、 

嫉妬で部下を斬るヤツ、

戦よりも茶器が好きなヤツ。

 

面白い人間、やばい人間が

数えきれないほどいる。

 

信長が戦国の世に変化をもたらし、

後を継いだ秀吉が天下統一を果たし、

家康が戦の無い太平の世を作った。

 

このたった三行のできごとの間には

 

現代のドラマやスキャンダルなどを

軽く凌駕するほどの

面白い話が詰まっているのである。

 

その話を多くの人が知らないでいる。

非常にもったいない。

 

歴史は教科書で習う

年号と出来事だけではない。

 

その出来事の裏に隠された人間たちによって

成り立っていることを忘れてはならない。

 

お堅い歴史の裏には

ゆるい現代だからこそ

笑える話や関心する話が詰まっている。